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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)4896号 判決 1984年6月28日

原告

中村謙治

原告

中村静美

右原告両名法定代理人親権者母

中村好惠

原告

中村好惠

右原告三名訴訟代理人

吉田鉄次郎

被告

石橋治

右訴訟代理人

本渡諒一

洪性模

主文

被告は、原告中村謙治に対し、一五一万一七二三円及びこれに対する昭和五六年七月一七日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告中村静美に対し、一五一万一七二三円及びこれに対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告中村好惠に対し、一五一万一七二三円及びこれに対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一事故の発生

請求原因第1項の事実は、当事者間に争いがない。

二責任原因

請求原因第2項の事実は、当事者間に争いがない。

したがつて、被告は自賠法三条により、原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

三損害

1  亡義男の受傷、治療経過等

請求原因第3項(一)の(1)ないし(3)の事実(訴外義男の受傷、治療経過、死亡日時等の事実)は、いずれも当事者間に争いがない。

2  訴外義男の死亡と本件事故との因果関係

(1)  <証拠>によれば、訴外義男の直接死因について、社会福祉法人済生会泉尾病院の三好秀樹医師は、心筋梗塞であると診断していることが認められる。

(2)  <証拠>によれば、訴外義男の昭和五四年二月三日(本件事故発生の日は、同年二月一日)の血圧は、最高が一七〇ミリメートル水銀(以下、単位は省略する。)最低が一二〇であつたことが認められ、<証拠>(昭和五五年二月二八日付の関西医科大学病理学教室作成名義の訴外義男の病理解剖診断書)によれば、訴外義男には、高血圧の既往症があり、同人の診断名は、「1 心室中隔部、左心内膜下小壊死巣、強度心筋断裂、多発性心内膜下陳旧性梗塞性瘢痕、冠動脈硬化症、脂肪心(特に右心)及び心肥大(四七〇グラム)、2 両肺うつ血、水腫及び右気管支肺炎、3 全身動脈硬化症、4 軽度全身浮腫及び肥胖症、5 腔水症(腹水一五〇〇cc、胸水左二〇cc、胸水右二〇cc、心嚢水二六cc)、6 内分泌臓器萎縮及び軽度胸腺遺残、(備考)中枢神経系は浮腫性病変を軽度に認める以外、特に著変は認められない。」と、判断されていることが認められる。

(3)  以上の事実と<証拠>を併せ考えると、訴外義男は、本件事故前から高血圧症であり、同人の直接の死亡原因は、心筋梗塞であると認められる。

(4)  <証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、訴外義男の本件事故による受傷は、いわゆるむち打ち症であること、心筋梗塞は、心筋の酸素需要と供給との均衡の破綻によつて心筋の壊死を来たした状態をいうが、多くの場合は、冠動脈硬化症によつて生じ、時には冠動脈攣縮、血管炎、塞栓などによつて生ずることもあり、高血圧、糖尿病、高脂血症、情動ストレス等も心筋梗塞の発症を促進させる要因の一つとなりうることが認められる。

(5)  <証拠>及び弁論の全趣旨によれば、訴外義男は、本件事故当時満四一才であり、当時の家族構成は妻である原告好惠(昭和二二年一一月三日生で、事故当時満三一才)、長男である原告謙治(昭和四四年二月四日生で、事故当時満九才)、長女である原告静美(昭和四八年七月二七日生で、事故当時満五才)であつて、訴外義男の靴職人としての収入によつて一家の生活を支えていたこと、訴外義男は、本件事故による受傷のため、羽野病院に二日間の通院治療を受けた後、昭和五四年二月五日から同年三月一〇日までの三四日間、同病院に入院して治療を受け、退院後は右病院及び貴島中央病院に同年六月三〇日までの間通院治療(治療実日数は合計四七日)を受けた(この事実は当事者間に争いがない。)が、完治しなかつたこと、訴外義男は、本件事故前においては、特に体調に異状を訴えることもなく、入、通院の事実もなかつたが、前記退院後は、頭痛、頸部等の痛み、指のしびれ等を訴え、昭和五四年四月一一日頃までは、靴職人としての仕事にも就くことができず、貯金もなく、他に収入もなかつたため、同月一二日と一三日の二日間は、ナポリシューズにおいて婦人靴作りの仕事をはじめたが、頸部の痛み、指のしびれを感じ、同月一四日に貴島幸彦医師に対して、うつむいて仕事をしていると頭が痛くなり、首筋が張つてくる感じがする旨訴えていること、その後も、一家四人の生活を支えるため、靴職人としての仕事を続けたが、頸部等の痛みがあつて仕事が苦痛になり、同年六月二五日には、貴島幸彦医師に対し、仕事が苦痛のため一週間は休んだ旨訴えていること、訴外義男は前記退院後の昭和五四年四月中旬頃から死亡(同年八月二五日)するまでの間靴職人として一か月のうち、約一〇日間程度の仕事をしていたが、その間に得た収入は、二〇万二八四〇円であり、妻である原告好惠も働いておらず、生活が苦しいため、ナポリシューズから四〇万円の前借りをして一家四人の生活を支えていたこと、訴外義男は、本件事故後、被告またはその代理人である被告の父石橋正治と本件事故による休業補償等について話し合いをしたが折合がつかず、その後被告からの申立により阿倍野簡裁において調停も行われたが、昭和五四年六月二七日の第三回調停期日において調停は不調に終つたこと、情動ストレスの程度は、療養に伴う仕事、日常生活、収入減による経済等の問題によつて個人差は大きいが、訴外義男は、本件事故による受傷のため、相当程度の精神的、肉体的打撃を受けていたと推認されること、以上の各事実が認められ<る。>

以上の(1)ないし(5)の認定事実を併せ考えると、訴外義男が死亡した直接の原因は、心筋梗塞であることが認められるけれども、これは同人に心筋梗塞をもたらしやすい素地があつて、心筋梗塞を発症しやすい状態にあつたところに、更に、本件事故による受傷のため、頸部等の痛み、指のしびれ等によつて靴職人としての仕事が苦痛になり、療養に伴い収入減による一家四人の生活費の問題や被告との休業補償等の調停も不調に終つたこともあつて、相当程度の精神的、肉体的打撃を受けて情動ストレスが積み重なり、これが引金となつて心筋梗塞の発症を促進させ、これにより死亡するに至つたものと推認することができるから、訴外義男の死亡と本件事故との間には相当因果関係があると解すべきである。

もつとも、相当因果関係を肯定するにしても一〇〇パーセント本件事故が原因であると断定し切れるほどの立証もないので、訴外義男の死亡は、同人の前記体質と本件事故による受傷の寄与度を勘案し、本件事故の寄与している限度において相当因果関係が存するものとして、その限度で、被告に賠償責任を負担させるのが公平の理念に照らして相当である。そして前記認定の諸事情を考慮すると、本件においては、訴外義男の死亡に伴う損害のうち一五パーセントの程度において本件事故と相当因果関係を肯定するのが相当である。

3(一)  訴外義男の死亡による逸失利益 五二六万二五四一円

<証拠>によれば、訴外義男は本件事故当時満四一才であり、靴職人として本件事故前である昭和五三年一二月に二五万円、昭和五四年一月に二六万円(平均一か月二五万五〇〇〇円)の収入を得ていたことが認められるところ、同人の就労可能年数は死亡時から二六年、生活費は収入の三〇パーセントと考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、三五〇八万三六〇四円(円未満四捨五入する。)となるところ、訴外義男の死亡に対する本件事故の寄与度は一五パーセントと認めるのが相当であるから、本件事故と相当因果関係のある右逸失利益は五二六万二五四一円となる。

(二)  訴外亡義男の慰謝料 一六五万円

本件事故の態様、訴外義男の傷害の部位、程度、治療の経過、訴外義男の死亡時の年令、家族構成等その他本件に現われた諸般の事情を考えあわせると、訴外亡義男の慰謝料額は一一〇〇万円とするのが相当であるところ、訴外義男の死亡に対する本件事故の寄与度は一五パーセントと認めるのが相当であるから、本件事故と相当因果関係のある右慰謝料額は一六五万円となる。<中略>

7 結論

以上のとおりであるから、被告は原告らに対し、それぞれ一五一万一七二三円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和五六年七月一七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告らの本訴請求は右の限度でそれぞれ理由があるので正当としてこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないので失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(喜如嘉貢)

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